フランスで5代続くエボーシュメーカー『BERTHET/ベルテ』
【フランスの時計史】
現在、時計王国として君臨するスイスですが、それ以前、かつて時計産業が栄え、今日の時計産業の礎となった国がフランスでした。時計史を飛躍的に進めたと言われるブレゲや、ルクルトもまたフランス・カルヴァン派『ユグノー』の時計技師達であり、多くの偉人、ブランドのルーツ、そして今なお多くの一流ブランドを有している国がフランスなのです。
16世紀の宗教戦争や18世紀のフランス革命が起きなければ、今日の時計産業はフランスで開花され、今とは違う時計の姿を見る事が出来たかもしれませんね。
“ナントの勅令廃止”による宗教戦争の再発
【華やかなフランスの宗教的なデザイン】
時計のデザインはそれぞれですが、特にフランスの時計は華やかで見ごたえのある物が多い気がします。それはかつてフランス・カルヴァン派『ユグノー』の教えにより、「労働、技術の向上が神の教えであり、その結果得られた富は神から与えられた物として認めらる」といった精神が職人魂を焚きつけた結果だと思います。いつしかそれは、偶像崇拝的な神々しいデザインへと発展し、華やかなフランスのデザインが出来上がったのでしょう。
マリー・アントワネットがブレゲに製作依頼したブレゲNo.160
フランス革命の最中、フランス国外へ技術が広まる際にその教えは薄まり、産業革命を経て、より質素、より工業的、そして機能美を重視するデザインへと後に変化していきます。
【5代に渡り紡がれてきたベルテの歴史】
ベルテの歴史は古く、初代ジョセフ・ベルテが1888 年にスイスと国境を接するフランス・シャルモヴィエで創設した懐中時計の工房にさかのぼります。当初は小さな工房に過ぎなかったベルテですが、1893 年にブザンソンで開催された時計産業見本市で、ジョセフ・ベルテ製作の懐中時計が銅メダルを受賞。これを機に、独自の時計ブランドとしての地位を確立したのです
ベルテが受賞したブザンソン時計産業見本市のタイトル
ジョセフの豊かな知識と高い技術は兄弟や子供たちに受け継がれていきました。1950年代にはジョセフの孫である3代目クロード・ベルテが最新工作機械の導入に成功し、ケースの大量生産を可能にしました。また、複雑で洗練された機械式ムーブメントを開発、製造をすべく設計オフィスを創設し、ベルテに新しい時代を築きます。
大量に生産された懐中時計のケース
1980年代に入るとクロードは、拡大した事業を3人の息子に譲ります。その新体制をリードしたのが、スイスで時計製造技術の訓練を積んだ4代目ピエール・ベルテでした。社長となったピエールは製造ラインの自動化やコンピューター制御の工作機械を導入する一方で、1898年製の古い機械も大切に使い続けました。この古い機械は現在でも稼働し、後にベルテの宝ともいえる様になります。
現在でも稼働している古い機械
そして現在、スイスの時計学校で学位を取得した5代目ウィリアム・ベルテ。彼は時計製造設計のエンジニアとして優れた才能を発揮し、新たなベルテの時代に挑戦しているのです。
4代目ピエール・ベルテ(左)と5代目ウィリアム・ベルテ(右)
【マニュファクチュールとしての伝統】
ベルテはマニュファクチュールとして歴史を刻むなかで、技術と共に伝統的な製造機器も継承をしてきました。時計ブランドの多くはオートメーション化を進めており、工業製品的な時計が増えていますが、手作業で製作する割合の多いベルテの時計には、古き良き時代の時計が持つ、独特の味わいが継承されています。
マニュファクチュールとは、時計の製造の全工程を自社で一貫生産できる体制を持つメーカーの事を言います。
昔ながらの手法に拘るベルテの職人達
【エボーシュメーカー】
あまり知られていない事実として、多くのブランドでは『時計内部の機械(ムーブメント)を自社では作っていない』という事が挙げられます。特にスイスを中心とした時計産業の分業制は非常に細かく分けられていて、例えばゼンマイ、例えば文字盤、例えば針、といった具合に各カテゴリーごとに匠が存在している様な世界なのです。
そして、ムーブメントを完成させて他ブランドに供給する企業をエボーシュメーカーと言います。
ベルテは企業全体の売り上げのほとんどが、エボーシュメーカーとしての売り上げで構築されています。それは多くのブランドに多くのムーブメントを供給しているという事実が有るからなのです。このことからも、いかにベルテのムーブメントが信頼されているか、と言う事実が読み解けます。
因みに、ベルテをはじめ一部のエボーシュメーカーでは『どこのブランドにムーブメントを卸しているか』と言ったことを伏せる体制もある為、知らず知らずのうちにベルテのムーブメントを所有している、なんてことも結構あると思います。
ベルテの手巻きムーブメントは数々のブランドに搭載されています
【国境の町シャルモヴィエとスイスの分業制】
ベルテが創業されたシャルモヴィエはスイスとの国境に位置します。時計産業の中心地スイスのラ・ショー=ド=フォンや、ル・ロックルに隣接し、多くの時計工房がひしめき合う非常に恵まれた土地です。近隣には分業された幾つもの工房が存在します。
ベルテはムーブメントはもちろん自社製、外装も自社で製造できる体制を持つマニュファクチュールですが、細かなパーツを近隣のフランス、スイスの町工場に外注する事もあります。それは、歴史あるベルテが「この町と近隣の時計産業を守る」という責任を担っているからなのです。
豊かな自然と歴史ある石造りの建物が並ぶシャルモヴィエ
【美しく整ったベルテ】
昔ながらの懐中時計のムーブメントを使用するベルテの腕時計は大きく迫力が有ります。真っ新なキャンバスのようなダイアルに、複雑な機構や装飾を施し、さながら絵画の様に時刻を表現してくれます。それはかつて、弾圧を受けながらもフランスに留まり、フランスの時計産業の火を灯し続けたユグノー達の魂の叫びの様にも見えてきます。
ベルテ・ノクタム
【フランス政府が認めたベルテの品質】
2017年、フランス政府はベルテに“EPV (Entreprise du Patrimoine Vivant /無形文化財企業)”のラベルを発行しました。これは古くから受け継がれてきた専門的技術を保持する優秀な企業に対してフランス政府が与える認定証です。
フランスで唯一の自社で懐中時計と複雑な機械式ムーブメントの製造を行うことができる企業、つまりフランス政府認定のマニュファクチュールとして、お墨付きを得たことを示しています。
フランス政府が発行するEPVラベル
【ベルテの魅力】
ただ時刻を見る、ただ時計を着用するだけでは見えてこない、様々な側面があるのがブランド時計の魅力だと個人的に思います。
ベルテの、そしてフランスの時計産業のルーツは深く広く、そして大変興味深い物であります。ベルテの時計を眺めながら、又はゼンマイを巻きながら、そんな思いに耽る時間を楽しんで頂けたら。そう思います。
因みにロゴの下に描かれているイラストは『象』。大きく力強い姿がベルテ社の理念にピッタリである、という事です。
参考になればうれしいです。素敵な腕時計ライフをお送りください!
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